2008年12月24日水曜日

心を入れ替えるとき

昨日、高野山 真言宗傳燈大阿闍梨大僧正の池口惠觀先生の勉強会に参加するというご縁をいただきました。
政財界人の多くが師と仰ぎ、その教えと助言をいただきに訪れるという、ものすごいお方です。
昨日はこの一年についてと、「祈り」ということについてお話くださいました。
祈りというのは誰かにすがるものではなく、自分自身を磨くもの。
誰かや自分自身の幸せを祈ることがひいては宇宙の安定に繋がる。
人は苦しいときに祈りますが、祈りとは心を大きく育てるものです、といったようなことをわかりやすく話してくださり、深く感動したのです。

20年ほど前からでしょうか。
いったい、日本人はどうしてしまったのだろう?
そんな疑問を抱き、危機感を募らせました。
ちょうど、警察官や医師、官僚など、それまでは考えられなかったような人の犯罪が目立ち始めた頃です。
それは年を追うごとにひどくなり、毎年、これが底なんじゃないか、いや、まだ底をうっていなかったんだ、というくり返しになりました。

そして今も、まだまだ、もっともっと日本人はダメになってしまうのだろうか。という暗澹たる思いを抱かざるを得ません。

それというのも、「心」が失われているからです。
心が失われてしまえば、誰かのために、あるいは世の中のために祈ることもなくなるでしょう。

尊敬している秋篠野安生先生は、すでに何年も前から「21世紀は心の時代、環境の時代」とおっしゃっていました。
いま、まさに、「心」を入れ替え、きめ細やかで強く美しい心の持ち主になれるよう、ひとりひとりが一所懸命になる時期が来ていると思います。




2008年12月11日木曜日

紅葉狩り

今年の紅葉も、ついに終わりそうです。
短い秋を彩る紅葉が、毎年楽しみで仕方ありません。
春の桜と同じく、紅葉を追いかけるようにして過ごします。
1週間どころか2~3日で移り変わってしまいますから、毎日でも、だんだんと色づいていく木々を見ていたいぐらいです。


今年は鎌倉の紅葉スポットとしてハイカーなどに知られる「獅子舞」へ2度、行きました。
一度目に訪れたときは、まだ。そもそも鎌倉の紅葉は12
月に入ってからが本番だと言うことでした。
獅子舞はちょっとわかりにくいところにあるのです。
地図を見ながら歩いていますと、通りがかりの紳士が声を掛けてくださいました。そしてそのまま獅子舞までガイドをしてくださったのです。
聞けば、ハイキングコースの整備などさまざまな活動をしていらっしゃるとのこと。
知る人ぞ知る鎌倉の情報をブログで紹介してくださっています。
以下が、ガイドをしてくださった紳士、Mさんのブログです。

mt-11-29の日記


さて、獅子舞には12月に再度、でかけてみました。
ほぼ、8割以上が紅葉していて、ほんとうに美しい。
Mさんが丈が高くなってしまった笹を切って紅葉がより美しく見えるようにと整備してくださったおかげで、下山しつつ眺める紅葉はほんとうに見事。




ところで、どうして「獅子舞」というのか気になりますよね。それもMさんが教えてくださいました。
その理由は、この岩のかたちにあります。





獅子舞の獅子に見えるの、わかりますでしょうか。

この日は鶴岡八幡宮の大銀杏も見事に色づいて、沢山の人が写真を撮っていました。
今頃は黄色の絨毯になっているのではないかと思われます。


2008年12月8日月曜日

二冊発売になります

12月に発売になる本を2冊プロデュースしました。
2冊を同時進行というのはなかなかきついものがありましたが、いずれもなんとかいい本にできて喜びをかみしめているところです。

文筆業とはまたちがって出版プロデュースの仕事の楽しさと大変さを、ずいぶん味わいました。
祖母から仕込まれた武士道精神のおかげでへこたれることはありませんでしたが、何よりも心がけたのは、「平常心」でした。
制作していくうえでは様々な出来事があります。
どんなトラブルがあろうとも、あわてず騒がず誠を以て対処する。
これを自分に課していたわけです。
守り通すには自分を律していかなければなりませんが、達成したときはフルマラソンを走り抜いたような爽快感さえあります。
(ちなみにフルマラソンは走ったことがありません)

出版プロデュースをした2冊とは、以下になります。

●ソニー・マガジンズより
秋篠野安生さん著 『「気」の12ヶ月 季礼で暮らしを浄化する』

●マガジンランドより
鈴木美津子さん著 『風になったしいある 軽井沢産婦人科医療事故遺族の手記』 

どちらも非常に良い本です。
『風になったしいある』は、初めて手がけた事件・事故関係のノンフィクションです。読み応えたっぷりの本になりました。
産婦人科医療事故が問題になって久しくなりますが、ぜひ読んでいただきたい一冊です。





2008年9月24日水曜日

おはぎとぼたもち

昨日は秋分の日、お彼岸のお中日でしたね。
「暑さ寒さも彼岸まで」といいますが、すっかりさわやかな秋日和となりました。
お彼岸といえば、食いしん坊の私はすぐにおはぎを思い出します。
好きな和菓子屋さんで購入するのもいいのですが、家で手作りするのも楽しいですよ。
餅米は炊飯器で炊けますし、あんこは和菓子屋さんかスーパーで用意できます。
炊きあがった餅米をほんの少しだけついて、俵型にまとめてはあんこをつけます。

あんこをつけるのは、ぺたぺたして一苦労。
だから私は赤福のように表面に乗せるような感じにしてしまいます。

きなこと、あおのり、すりごまには、それぞれお砂糖と塩をほんの少し入れて混ぜ、表面にまぶします。
この3種類のおはぎは、おにぎりの具のように、中にあんこを入れておきます。

家で作ると甘さの加減ができるうえ、なんといってもできたてをいただけるので、ほんとうに美味しいです。

ところで、おはぎとぼたもちという言い方がありますが、そのわけをご存じですか?

「おはぎ」というのは、お彼岸の言い方。萩の花が咲くころだからです。
「ぼたもち」は、春のお彼岸の言い方。牡丹の花が咲くころだからです。

同じお菓子だというのに、季節によって呼び名を変えるというのは、いかにも日本人らしい繊細な感性だと思います。

受け継がれてきた日本人ならではの感性を、忘れたくないものですね。


2008年9月17日水曜日

心を尽くす

先日、軽井沢のとなり、追分けにあるホテルで、素晴らしい出来事がありました。

今年の冬に滞在した際、ホテル特製のガトーショコラを自宅用お土産に購入したのですが、箱を開けてみるとケーキと一緒にラベンダーティーのティーバッグがふたつ、入っていたのです。
つまり、ケーキと紅茶のセットだったんですね。

ケーキも美味しかったのですが、私はそのラベンダーティーがたいそう気に入ってしまいました。
そこで9月に訪れたとき、ホテル内のショップの方に尋ねてみたのです。

「このラベンダーティーだけの販売はありませんか?」


すると、残念ながら、特にしていないというお返事でした。

私は、やはりそうか、と思いつつ、この紅茶がとても美味しくて気に入ってしまったことをお話ししたのです。未練がましいつもりではなく、むしろこんなに美味しい紅茶をセットにしていることのセンスを褒めたというか、つまりそんなふうなつもりだったのです。

するとショップの女性が「そんなにお気に召してくださったなんて。ちょっとお待ちください、メーカーに問い合わせてみましょう」と言ってくださったのです。


そしてあれやこれやと手配をしてくださり、自宅に届けてくださることになったのです。
その鮮やかさといったら。
「このお客様のご要望に応えたい」という目的を達成するために、すぐさま行動を起こした彼女を、私は驚きと感謝で見つめずにはいられませんでした。

ホスピタリティという言葉が一人歩きしているようなホテルがあるなかでほんとうの「心づくしのおもてなし」に出逢ったような気がしました。


一期一会 という言葉が広く知れ渡るようになりました。

このひとときを、二度とこないものと心得て、大切に大切に過ごす。
茶道の心得でもあります。

旅先での出逢いも、まさに一期一会。

豪華な客室も、素晴らしいお料理も、心づくしのおもてなしがなければ、味気ないものになることでしょう。

今回の嬉しい出来事、ショップの女性にはもちろん、支配人の方へもお礼状をお送りいたしました。

その後、お礼状へのお返事もいただきました。


こんなふうにして人との繋がりができていくと、旅はさらに味わい深くなっていくようです。


写真は、冬に訪れたときに撮影した、ホテルの門です。




2008年9月14日日曜日

十五夜お月さま

今宵は中秋の名月、十五夜のお月様が天空にあらわれます。

十五夜は芋名月とも称されること、昨今の「日本ブーム」のおかげで、多くの方々に知れ渡っているようです。

華道のおけいこでは、ススキをいただきました。
昨日生けたお花を窓辺に飾りって、お月様を待ちたいと思います。

けれど、残念ながら今日の空は雲に覆われています。
お月様は顔を出してくださらないかもしれません。

そんなときは、雲の向こう側に煌々と照るお月様がおいでなのだと、空想でお月見をすることにしています。

さて、10月には十三夜=栗名月がひかえています。
両方見ないと方見月といって、忌み嫌われているのもご存じですね。

十三夜は、十五夜のお月様よりもいっそう明るく輝くうえ、100パーセント近い確率で見ることができるといわれています。

今宵は雲の向こうにお月様の存在を感じ、来月こそまばゆい月光に期待したいと思います。

節句をはじめとする季節の行事を行うことは、縁起担ぎの意味もあり、武家では大切にされてきました。

これらの行事は日本人が農耕民族であるゆえ、深く根付いたといわれています。

武士はもとを辿れば土地を耕し生きる農民。
ふだんは土地と向かい合い、戦となれば甲冑を着て武具をたずさえ、出て行きました。

命を天にあずける

そのうえで、無事を祈る。

これは自然と共に生きる農民も、公のために生きる武士も、こうして生きていかずにはいられなかったのです。

けれどその姿勢が謙虚さや誠実さにもつながったのかもしれません。

今宵は十五夜のお月さま。
天に向かって心をひらき、素直な気持ちで日ごろの感謝と今後の無事を祈ってみませんか。


旧暦や日本の行事しきたりのことを調べるとき、重宝しているサイトをご紹介しましょう。

「暦のページ」

ぜひ、ご覧になってみてください。


2008年9月13日土曜日

われもこうに見るわびさび

この花は、われもこう といいます。

8月の終わりごろから、いまごろにかけて、信州あたりの高原に出かけていくと、ぽっちりとした紅色があちらこちらで揺れています。

なにかしらと思って近づいてみると、うんと小さな花がぎゅっと寄り集まって楕円形をつくっているのです。

心許なくなるような初秋の風に揺れるわれもこうは、たとえば牡丹のような華やかさはありませんが、ほんとうに可憐でかわいらしく、心惹かれずにはいられません。

かつては高原でなければ見られない、手折って持って帰ってもしおれてしまう花でした。

でも、2~3年前からは都内のお花屋さんでも当たり前に売られるようになりました。
うれしい反面、やはり高原でしか生きられないわれもこうの美しさには、なんとなく劣るような気がしてしまいます。

武士は質実を重んじる

これは趣味にも影響を及ぼしました。

江戸時代は贅沢な色柄の着物が禁止されたこともあり、渋い色合いの着物が主流になりました。
それが武家文化と相まって、「江戸の粋」をかたちづくったようです。

一見して地味なのだけれど、それがなんだかかっこいい。

これは、わびさびに通じる感性です。

そして、ひなびたものに美しさを感じるというその感性に関しては、日本人は非常に秀でているようです。

花はそれぞれ大好きで、バラや牡丹のような豪勢な花ももちろん好きなのですが、

われもこうは、心の奥深く、いえ、意識の向こうにあるDNAに訴えかけてくるようです。

2008年9月11日木曜日

てぬぐい

少し前から、凝っているものがあります。それは、

てぬぐい。

いちどに2~3枚づつ、買い求めるうちに、ずいぶんたくさんになってきました。

たいていは、鎌倉を訪れたときに、

拭 NUGUU

というお店で購入します。

いにしえより愛されてきた伝統的な柄のほかに、その月ごとの柄などもあって、どれにしようかいつも迷ってしまいます。

てぬぐいといえば、てぬぐいをはじめ和雑貨を扱う店の元祖ともいうべき 

かまわぬ

にもときどき行きます。

たくさん集まったてぬぐいは、今は籐のふたつき箱に入れています。
これは、てぬぐいの特等席というわけです。

購入したてぬぐいのうち、伝統的な柄ものは、主に食器を拭いたりして使っています。
月ごとの柄ものは、あんまりうつくしいので、2枚ほど、次の月が来るまで壁に飾っています。
特に額縁などに入れるのではなく、
うんと簡単に、透明のがびょうで止めているだけ。
でもこうすると風が吹いたときに、ふうわりと翻って、とてもきれいなのです。
夏などは涼しげで、ほんとうにいいものです。

分厚いタオルになれていると、使い始めはなんだかたよりなく感じられます。
ところが、あんなに薄いくせに、びっくりするぐらい水をよく吸います。
だから、食器を拭いたりするにはとても重宝です。
おまけに、はらりと干していると、あっという間に乾いてしまいます。
そのため雨の季節などはほんとうに助かりました。
なるほどてぬぐいとは、湿気の多い日本にふさわしいのだな、と感心したものです。

もうひとつ、すごいのは、丈夫さ。
あんなに薄いくせに(二度も言ってしまって、てぬぐいさん、ごめん)、長持ちするのです。

なんで、つい最近てぬぐいをつかいはじめたのにそんなことを知っているかといいますと...

母は、さんざん使ってくたくたになった手ぬぐいを2枚合わせて、父に「ゆかたおねまき」をちくちく縫っていました。
「ゆかたおねまき」というのは、読んでそのまま「ゆかたの寝間着」です。
肌に触れるものの、その触感にうるさい父は、使い古しのてぬぐいでつくった寝間着を、なにより気に入っていました。
うんと昔は、赤ちゃんのおむつにもしたときいています。

また、破れてしまったようなてぬぐいは、いっそ適当な幅に裂いてしまって、それを束ねて「はたき」にしたのだとか。

武家では贅沢を忌み嫌い、質実を重んじました。
それは不必要な贅沢=享楽的な生活が、精神を堕落させることをわかっていたからです。
そんなわけで、日常的に使うものも、最後まで工夫して使い切るのがあたりまえだったのです。

そんな質実な暮らしを楽しむコツは、どれだけ工夫できるか挑戦してみることがひとつだと思います。


元気を出す方法 

昨日の新聞に国民生活調査の結果が出ていました。
とても気になったのは

女性の元気がなくなっている

という結果でした。
女性全般がそうなのですが、とりわけ25歳から44歳までの年齢層が顕著だということです。
「健康状態をよいと思えない」
「不安やストレスを抱え込んでいる」
このような女性は半数以上にものぼり、いずれも男性より10ポイント近くも高い数値だということでした。

20代半ばから40代といえば、女性がもっとも輝いているとき。

であるといわれています。
でもこの時期は結婚や出産、就職に転職、キャリアアップなど、女性の一生のなかでも大きな出来事が度重なります。
それでもなおかつ「輝いている」のは、つまるところ、次々とやってくる大波を乗り
越えることができた結果なのでしょう。
先月は五輪がありましたから、それを例に取りますが、ソフトボールのピッチャー上野選手も、並々ならぬ艱難辛苦を乗り越えたからこその、あの輝きがあるのだと思うのです。


たぶん、多くの女性が次々とやってくるうれしくない出来事を、乗り越えたい、乗り越えなければ、と思っていることでしょう。
それは正しい姿勢です。

けれど、乗り越えるためにはなんといっても元気が必要です。

では、どうしたら元気になれるか、ですね。


思い切り贅沢なお食事をいただき、エステサロンで全身マッサージもいいと思います。
その際、お食事はオーガニックなど自然の生命がきちんとやどっている食材をあつかっているようなレストランがおすすめです。
エステサロンでのマッサージは、技術もさることながら、できれば「このひとのひとがらが好き」というようなエステティシャンを選ぶといいと思います。
「手当」ということばがあるように、人の手のひらからは、目に見えない「気」が出ています。
「この人を癒したい」と想いながら施術をほどこすエステティシャンの手からは、思いやりにあふれる「気」が出ているはずですから、からだがほぐれると同時に、どんどん元気を吸収できるはずです。

私はといえば、木々に囲まれた場所を思いのままに歩くようにしています。

場所はもっぱら鎌倉。
鎌倉には切り通しが多く、土の道が残っています。
山懐に抱かれるように佇む古寺には、樹齢百年を超える樹木があります。
このようなところを歩いているうちに、自分の中に流れる「気」が充実し、充溢してくるのを感じるのです。

かつて、ジュディ・オングさんにインタビューした際、
「元気がないときは、樹のたくさんあるところに行くの。中国では同じ音のものは同じ意味を持つと考えられていて、樹は気に通じるの。自分の中の気が弱ったときは、樹からすこやかな気をもらうのよ。私なんて一日中、よりかかっていることもあるぐらい」
と話しておられたのが強く心に残りました。


また、風水では、人は「土、土地」から常にパワーを吸収しているのだといいます。
近ごろは戸建てでもコンクリートに囲まれていますし、ましてマンションだと土からはるか上空で暮らしています。
するとどうしても土の気を吸収できず、元気がなくなってしまうというのです。

エステもレストランもいいのですが、私はなんといっても自然のある場所を歩くことをおすすめします。


どうしても時間がないときは、明治神宮や新宿御苑など、都内の木々が深い場所でもいいといいます。

私が「鎌倉」なのは、そこが私のパワースポットだから、というだけなんです。

武士道では、常に心を平静に保つことが求められました。
男子が武道を、女子が書道や茶道を習うのは、自分の精神状態をコントロール術を身につけるためでした。
道を究めていくと、おのずと自然のリズムやあたりに流れる空気=「気」が読めるようになってくるといいます。
すると、自然の中に満ちあふれるパワー=気も素直に感じられるようになるのです。

こういう話は、ちかごろでは、スピリチュアルな、特別なことと受け取られていますが、
ほんとうは、日本人の生活の中に、とても自然に溶け込んでいたのです。


ずいぶん話が長くなってしまいましたが、もし、元気がないなと感じたら、
ぜひすぐにでも対処していただきたいのです。


お昼休みや会社帰りに樹がたくさんあるところに出かけたり
休日に郊外へでかけたり

こうして、うんと元気がなくなるまえに、素早く対処していれば、へとへとになることも少なくなるのではないでしょうか。

女性の元気がなくなると、社会全体の元気がなくなってしまいます。

家庭でも、お母さんが暗いと、家族全体がなんとなく沈んでしまいますでしょう?
それと同じです。

ですから、ぜひとも女性には元気でいて欲しいと願うのです。

右の写真は鎌倉の朝比奈切り通り。住宅街を少し離れると、こんな古道があらわれます。


























北条時宗の墓所もある北鎌倉の東慶寺にある古木。樹齢100年以上にもなります。




















花の寺として知られる瑞泉寺の一角にこんな光景が。ずらりと並んだ仏さまのなごやかなお顔を拝見していると、知らないうちに微笑みがうかんできます。







2008年9月10日水曜日

はじまりの日


今日からブログをはじめます。

テーマは...

●グローバル時代をかっこ良く生きる21世紀の日本女性について

●あらためて見つめてみたい「和」のうつくしさ

●素敵なあのひと

●一期一会

などなど、日本女性と和にこだわったものごとを綴っていく予定です。


ほんとうは毎日でも。できれば一日おきにでも更新していきたいと思っています。

仕事がうんと忙しくなってしまうときは、あまり頻繁にできないかも知れませんが...

どうぞ、よろしくおねがいいたします。


★写真は9月のはじめに訪れた信州の避暑地。秋へと急ぐ高原では、早くも紅葉がは
じまっていました。