2009年12月22日火曜日

仕事納め



昨今の不景気を思えば、ただただありがたいことなのですが、夏から仕事に追われ(という表現は好きではないのですが)ていました。
仕事柄、1月に発行されるものは年内、それも12月中旬までには仕上げなければならないことが多いため、一般的な職業の仕事納めより、若干、早くそれが訪れます。
というわけで、やっと、ほっとひと息、仕事が一段落しました。
追い立てられるような気分にさせられる師走ですが、しばし呆然としていたいと、ついつい思ってしまいます。

自分で言うのも口はばったいのですが、こんなふうに不景気でも忙しい思いをできるのは、どんな仕事に対しても、誠実に向かってきた結果ではないかと思っています。
フリーランスという立場は、自分の実績がそのまま仕事生命に繋がります。
失敗は、許されない、といっても過言ではありません。
外注に出すという時点で、お客様は「プロの仕事」を求めているからです。
それに答えるためには、力量というのももちろんありますが、やはり誠実な仕事ぶりだと思うのです。

相手の求めることを早く、確実にかたちにする。
応対は丁寧にする。
120%の技術を注ぐつもりで向かう。

一回一回、その都度答えを出していくためには、とにかくこれにつきると、かれこれ20年近くなる文筆業の中で続けてきたことでした。

これはそのまま、武家の末裔であった祖母の教えに通じます。

おのれの能力は、世のため人のために、使うためにある。
それを正しく使うには、誠実さがなければならない。

渋沢栄一は、次のような言葉を残しています。

「交際の奥の手は至誠である」

これは交際に限らず、仕事にもいえることでしょう。

不景気になっても強い人材とはどんな人材なのか。
不景気になっても強い企業とはどんな企業なのか。

このようなことを多くの人々が考えている中、私は至誠、つまりは武士道ではないかと、やはり思うのです。

来年も、まだ厳しい状況は続くことでしょう。
けれど、世がどう変わろうとも、変わりようのないものがある。
それが真理であり、真実であり、人が守るべきものではないかと思うのです。


2009年7月3日金曜日

本気で望むなら



学びたいのに学べない。
この不況でやむを得ず大学を中退する大学生が増えているといいます。
そして、周囲は「どうすれば支援できるか」、その道を探らなければと考えているようです。

学びたいのに学べないなどとは、うそぶくのもいい加減にして欲しいものです。

結論から申し上げましょう。
それは単なる甘えです。
私なら、毎日、日がな一日手弁当で図書館に通います。
徒歩や自転車で通えば交通費だってかかりません。
学費ゼロです。
規模にもよりますが、図書館には相当な数の蔵書があるのが普通です。

自分が学びたい専門分野があれば、専門的な蔵書を読めばいいし、専門分野に特化した図書館だってあります。

昔から「独学」で立身した人はいるものです。
最近では世界的な建築家の安藤忠夫さん、あの人は独学です。

学びたい。
その思いが本気で切実であれば、何が何でも学ぼうという行動に出るはず。
図書館がいやなら、尊敬する人に百万回でも頭を下げて弟子にしほしいと頼んでもいいのではないでしょうか。
命がけの熱意が伝われば、人の心というのは動かされるものです。

だから、私には「学びたいのに学べない」などという大学生のセリフは、大嘘としか思えないのです。
とても本気とは思えない。

だいたい、私が大学に通っていた時代から、勉学に励む大学生などほとんど見たことがありません。
大学に入学して「やれやれこれで羽を伸ばせる」といわんばかりに遊んでいる人はいやというほど目にしてきました。
本気で勉強している大学生は、ほんの一握り、氷山の一角。

いま「不景気で中退しました。学びたいのに学べません」とのたもうている若い輩は、在学中、ホントに必死で勉強していたのでしょうか。
もう一度、自分の胸に問いかけて欲しい。

そうそう、少しでも在学していたのであれば、教科書や資料などが手元にあることでしょう。
それだって貴重な学習材料なのですから、ともかくそれを、わからないところなどひとつもないというぐらいに身につけてみてはどうでしょう。

私には、「学びたいのに学べない」というセリフが、こんなふうに聞こえるのです。

「この大学の卒業証書をもらって、まあまあ自慢できる企業に入れればいいかなと思っていたのに。卒業証書、もらいたいのにもらえない」

どこの大学を出ようとも、世の中に出れば「人間」で勝負ですよ。
何かのせいにしたり、何かに頼るのは、破滅を招くことだとこの機会に学んで欲しいものです。


2009年6月24日水曜日

武士の娘



櫻井よしこさんの著書
『明治人の姿』は、私も拙著で引用した『武士の娘』を読み解き、日本人の誇りある姿を教えてくれる素晴らしい内容です。

この本が出版されたことによって、一部の人に愛されてきた名作『武士の娘』(杉本鉞子著)も平積みになって注目されています。

ぜひ、両方とも読んでいただきたいものです。

夏至も過ぎて、雨期も半ばを過ぎました。
これからは激しい雨が降ることもありましょう。
そんなときは読書で一日過ごすというのもいいものです。



2009年5月19日火曜日

忽然と里山

都心からわずか1時間足らずの場所に
こんな風景が広がっていました。
まるで魔法にかかったようです。








2009年5月9日土曜日

虹の彼方に

昨夕、虹が出ました。 しかも二重です。 ご覧になった方も多いのではないでしょうか。





2009年4月20日月曜日

塩川正十郎先生の武士道協会

塩川正十郎さんは非常に好きな人のひとりです。

一昨年、このようなNPO法人を設立されました。

NPO法人武士道協会

昨年、講談社から『いまも生きる「武士道」 武家の女性の精神を貫いた祖母の教え』を出版した際、以前から好きだった塩爺にもお読み頂きたいと思い、こちらの協会に送付させて頂きました。
でも、なんといっても塩川先生、塩爺です。
目の回るようなお忙しさに決まっておりますもの、お返事などいただけるわけもありません。
それはそれで仕方がないとあきらめていたのですが、やはり願いは叶うものですね、塩爺に直接ではありませんが、同法人の塩爺に次ぐ中心人物とご縁ができました。

塩川先生も述べていらっしゃいますが、私も武士道精神を広めたいと切に願っています。



2009年4月7日火曜日

今年の桜

早い開花だったというのに満開が待ちこがれた今年の桜。
肌寒さの中で振り仰いだのは六義園のしだれ桜です。
3月30日のことでした。








山間や寺社に咲く桜が見たくて毎年訪れるのは鎌倉。
4月2日、山ではまだ5分咲きでしたが、有名な段葛は7分咲き。人々の顔もほころんでいました。


鶴岡八幡宮では源平池の際に立つ桜が美しかったです。




つぼみもまた愛らしいですね。これから咲くという期待に胸を膨らませているように感じられます。

2009年3月25日水曜日

祝WBC二連覇!


昨日のWBC決勝戦はまさに気詰まるものでした。
特に延長10回のイチローの打席。
今回、責任の重さから苦悩の極限にあったことが、その不調からもわかっていただけに、イチローに打席がまわる度に、「どうかがんばって、イチロー!」と心の中で願っていました。
けれど、あの最後の打席だけは、いつの間にか「神さま仏さま、お願いします!!」に変わっていました。
そしてあの決勝打。
苦しみの際から自ら脱したイチローの、文字通り「不屈の精神」に涙が出るほど心が震えました。

侍ジャパンという言い方は、特に「ジャパン」のあたりが、私の言語に対する美意識からするとあまり好きではなかったのですが、確かにイチローをはじめとする日本選手にはサムライの心を垣間見ました。

新渡戸稲造の『武士道』から、いくつか引用します。

名誉は境遇から生まれるものではなく、個人個人が役割をまっとうに果たすことにある。

彼ら(武士・サムライ)は逆境にも屈することのない、高邁な精神の厳粛なる化身であり、(中略)鍛錬に継ぐ鍛錬によって完成された、克己に生きる模範であったのである。

人間の活力をもたらすものは精神力である。精神がなければ最良の装備もほとんど役にたたないし、最新式の銃も大砲もひとりでには発射しないのだ。近代的な教育制度といっても臆病者を英雄にすることはできない。

私たちの勇敢なる祖先がつくりだした武士道精神が死に絶えたわけではない。見える目のある人たちにはそれらがハッキリと見えるはずだ。その証拠に、もっとも進んだ思想をもつ日本人の表皮を剥いでみれば、そこにはサムライの精神が現れるであろう。




2009年3月18日水曜日

今年の桜はどんな桜?









昨日からお彼岸の入りとなりました。

暑さ寒さも彼岸まで  とよくいいますが、今年は暖かすぎて桜の開花もずいぶん早いようですね。
東京の開花予想日はお彼岸明け、25日だとか。
さてさて、今年はどんな表情を見せてくれるのか、今からとても楽しみです。
日本にとって武士道と同じく特別な花とされる桜。
本居宣長は次のように詠いました。

敷島の大和心を人問わば
朝日ににほふ山桜花

写真は昨年の千鳥ヶ淵の桜です。

2009年3月4日水曜日

雪の雛祭り

昨夜は雪が降って、東京でも八王子あたりではうっすら積もったようです。
天気予報では正午ごろから降り出すなどと言ってましたから、私はしょっちゅう窓を開けて空をにらみつけておりましたのに、いっかな降りませなんだ。
あ、もしかして私のにらみにおののいて降らなかったのかしら。

雪の雛祭りになると、思っていたのに残念です。

雛祭りに雪というと、思い出されるのは井伊直弼の暗殺です。
安政の大獄という恐怖政治を行った大老井伊が暗殺された日は桃の節句、雛祭り。
江戸時代は旧暦になるので、新暦では4月初旬にあたるわけですから、桃の節句に雪とはと、それはもう驚くような異常気象だったことでしょう。
そんな中で井伊直弼の暗殺が起きたのですから、人々の驚きもひとしおだったことでしょう。

よく、似つかわしくないことをすると、「鬼が笑う」とか「雪が降る」とかいいますが、まさに驚天動地、「雪が降った」ということでしょうか。

井伊直弼の暗殺は、「下克上」の解禁ともいうべき事件で、その後、日本は幕末維新へと突入していくのです。

2009年2月23日月曜日

葵の御紋

昨日はお正月明けに他界した叔母の四十九日の法要でした。
赤穂浪士で知られる泉岳寺にほど近い実家のお寺は、なぜか葵の御紋です。
どうしてかしらと不思議に思っていたのですが、お坊様にお尋ねしたところ、ようやくわかりました。
お寺の初代ご住職が会津藩は保科松平の子孫であるのだとか。
最後の会津藩主である松平容保公は大好きな幕末の人物のひとりですが(なんといっても男前、また男気がすばらしい)、まさかその容保公とのご縁であったとは驚きました。
祖母方の米沢藩も祖父方の仙台藩も、ともに会津藩、とくに保科松平さまとはゆかりがあります。
このようなところにも繋がりがあるのかと感心してしまいました。

ちなみにそのお寺には、国の天然記念物に指定されている福島の三春の滝桜の分枝があり、もう大人の背をとうに超すほどの大きさになっています。
思いがけない場所にひっそりとあるのですが、3月終わりから4月の始めにかけて、あでやかな姿を見せてくれることでしょう。

2009年2月18日水曜日

梅の花のように

このところあちこちから早春の花の頼りが届きます。
いま、いちばん見頃なのは梅の花でしょうか。

かつて、私は梅の花の良さがあまりよくわかりませんでした。
梅が咲いたのち、本格的な春を告げるために咲く桜と引き比べて、桜の方がずいぶん美しいと思っていたのです。
もちろん桜の美しさはいうまでもありません。
「花は桜木、人は武士」ということばもあるくらいですから。

けれど歳を重ねてみると、一年で最も寒い時期に、芯まで冷えるような空気にも負けずに花開き、清らかな香りを放つ梅の花が、なんともいえず美しく感じられるようになったのです。

美しいというか、いじらしいというか。

人間でも苦難を乗り越えて前向きに生きる人は常に周囲の人を感動させますが、梅の花はそんな感動的な人に通じているのかもしれません。

私も梅のように薫り高く愛らしく、強くやさしくありたいと願っています。

2009年2月5日木曜日

立春参り

冬眠状態のブログ、まだ去年のままでした。

が、ようやく目覚めましたでございます。

『「気」の12ヶ月 季礼で暮らしを浄化する』の著者である秋篠野安生先生によりますと、2月3日までは昨年の気がまだ残っているのだそう。
そして、新年の気がいよいよ本格的に流れ出すのは、2月4日の立春からなのだそうです。
ですから新しいことを始めるのは立春からが良いとのこと。
いわば立春は「新年」にあたるわけです。

というわけで、昨日は親友と連れだって立春参りにでかけてきました。
武士道第2弾が出版されることに決まり、その原稿を執筆中であることもあり、一日かけてのんびりゆっくり・・・というわけにもいきませんでしたが、私のパワースポットである鎌倉は鶴岡八幡宮を訪れました。

あちらこちらで梅がほころび始め、足もとには福寿草や水仙も。
早春の花は凛とした薫り高い花が多く、心が洗われるようです。

折しも冬の牡丹園も開催中で、華やかな牡丹も愛でてきました。こちらは香りよりももっぱら姿ですね。
冬枯れの風景のなかで咲き乱れる純白や濃いピンク色の牡丹は、いっそう優雅で雅やかでした。